創 世 記
第10回  「SFの洗礼」



 運命の下北沢でパラレル・クリエーション&そこにいくといるSF系のかたがたと出合ったわたし。正直いって、すごーくすごーく仲良くしていただいたとも思わないし、ほんとうの「なかま」と認知してもらえていた自信はない。「近所にすんでる、かわりだね」ぐらいの感じだったんじゃないかな。
 SF作家クラブには、もう長いこと所属させていただいてるんですけど(笑)。
 でもなんつーか……
 水族館でいうと、大水槽にいるわけでもない、イルカショーの舞台にいるわけでもない、鳥のくせに飛ぶより泳ぐのがうまいやつペンギン、みたいな? ちょっとタトエかわいらしすぎ?
 しかも、ちゃんとしたペンギン舎で飼われてるペンギンならまだいいが、どっかの変人のひとのお風呂場で飼われてて、実は犬とヘビとウマも同居してるんです、みたいな。なんかわれながらミョーな、どうも安定してないポジションにいるよーな気がしちゃってならないんですねぇ。
 別にどなたかに歴然とナカマハズレにされたりしたわけじゃないんですけど。
 でも、そーか、当時のことで言えば。
 わたし、SFまったく書いてなかったですからね。そのころは。まだ。
 
 ただ、パラクリにいくと、ほぼ同い年ぐらいの、みょーに話のあうかたがたがおられ、時には出前のお寿司をご馳走になることができたり、当時はまだ一本1万円以上があたりまえの高価な品だったセルビデオや一作品7800円とかだったLDとかで名作を鑑賞させていただけたり、みんなでバンドを組もうという話が出ればコーラスのうちの一名として呼んでいただけたり(←楽器ができないから)、みんなでスキーに行くんだという話をきくと、いっしょにいきたいと主張し、サバイバーショットを背負って(うそ。ほんとは当時はまだ清らかなおともだち関係だった波多野くんがクルマでもってってくれた)ついていって、ろくに滑らんでゲレンデで撃ち合いを楽しんでたりした。パラクリの男の子(当時)たちがみんなして『時を駆ける少女』を見て原田知世さまに熱狂してしまうと、そりゃーほんまにいい映画だしかわいいひとだなぁとは思いましたがまさかに同じように彼女をわがアイドルにするわけにもいかず、ポツンとおいてきぼりな気持ちなったりした(それにしても知世さま、いまだに当時とほとんどぜんぜん見た目がかわらないっていうのはいったい……)。
 このへんの話題は、時制が完全にいいかげんで、前後の関係もメチャクチャです。
 しかし。
 はい。たしかに。
 「若手SF小説家」の何人かをコバルトに紹介したのは、わたしです。「すっごいおもしろいの書くひとがいるんですよー、おまけにハンサムだから、読者ウケしますよー」「天才です。すごいひとです。おまけに美人です」等々、遣手ババアそのものズバリに編集部に直接わたしが「オススメ」したのは、たぶん次のお三方です。
 岬兄悟さん。
 火浦功さん。
 大原まり子さん。
 いま思うと、贅沢すぎるぐらい、すごいメンバーでしたねぇ。
 彼らのコバルトでの仕事の成果のうち、我が家のいまいち整理されていない本棚から発見できたのは画像の通り。





『彼女とストンプ』
著 岬兄悟
初めて集英社コバルト文庫に進出した際の作品。少女向け青春小説。





『魔女でもステディ』
著 岬兄悟
ある朝目覚めたら隣に全裸の美女が…、というストーリー。元(1985)はハヤカワ文庫JAだったが、現在は徳間デュアル文庫に収められている。
→bk1 →ama →楽天

 『彼女とストンプ』(岬さん)は、昭和58年(1983年)12月の発刊です。『瞑想者の肖像』でデビューなさって、『風にブギ』など、ひじょうにエッジの起ったSF作品をお書きだった岬さんの、はじめての……ひょっとして、唯一? のノンSF青春小説です。ロック&ブルース少年だった岬さんの、自伝的意味合いもちょびっとあるのかもしれない。その後、盟友とり・みきさんのイラストを得て、ちょっとエッチな妄想(願望充足型、といったら失礼にあたってしまうんでしょうか)SF『魔女でもステディ』シリーズでおおあたりなさる前の、一瞬の「実はこっちの方向もありなんだぜ」なステキにせつないお話でした。
 ほぼ同テーマと思われる『青春デンデケデケデケ』芦原すなお・河出文庫(直木賞)が1992年です。あの「原田知世」さまと縁のおおありの大林宣彦監督でとっとと映画化されてもいます。岬さんのほうが、9年も早いぞっ!
 あるいはもしかしてひょっとして、岬さんのこの作品も、純文学系の版元からハードカバーで出ていたら……? と空想してしまうのは、残酷でしょうか。
(わたし自信、時々、もしかしてデビュー先がまるでちがったらまったく違う人生だったんじゃないかと思ってしまったりもするんですが)
 岬さんは、マジな青春モノを書くのにテレたのか、一度で懲りたのか、それとも、軽く笑えるのを書くほうが好きだあるいは自分にむいているとお思いになったのか、その後、すごいスピードで、たくさんの作品をあちこちにお書きになられました。あまりの速さに、「岬さんに、注文しにいって、こんなテーマでこのぐらいの長さのをお願いします、っていうと、いったとたんにヒキダシをあけて、『ハイ、じゃこれね』って、原稿渡される」というウワサもたちました。あれほんとにウワサなんでしょうか。


『瞑想者の肖像』
著 岬兄悟
ハヤカワ文庫JA 1981年




『風にブギ』
著 岬兄悟
ハヤカワ文庫JA 1986年




『青春デンデケデケデケ』
著 芦原すなお
書影は角川文庫(1998)のもの。


『スターライト☆だんでぃ』
著 火浦功
書影はゆうきまさみイラストのコバルト文庫時のもの。




『死に急ぐ奴らの街』
著 火浦功
書影は徳間デュアル文庫時のもの。



高飛びレイク
1982年から『宇宙カジノ略奪作戦』『99%のトラブル』『ファントム・レディ』(いずれも早川書房)が出ている一連シリーズを指す。
















森茉莉(1903〜1987)
作家。森鴎外の娘。作品を見ると彼女のお嬢様ぶりがよくわかる。少女モイラは彼女の理想像だったともされる。















『SFバカ本』
大原まり子氏と岬兄悟氏の共同編纂のSFアンソロジー。1996年に「たわし篇」が出版され、好評により現在まで11巻が出ている。
公式 : SFバカ本ホームページ




『ハイブリッド・チャイルド』
著 大原まり子
ハヤカワ文庫JA 1993年
星雲賞受賞の傑作SF。
→bk1 →ama →楽天




『吸血鬼エフェメラ』
著 大原まり子
ハヤカワ文庫JA 1996年



『ミーカはミーカ トラブル・メーカー』
著 大原まり子
コバルト文庫 1985年1月



フィフス・エレメント
SFアクション大作。監督は「レオン」のリュック・ベッソン。キャストにミラ・ジョヴォヴィッチがいる。
→ama



ユマ・サーマン
女優。「キル・ビル」の主演の人。



風見潤
推理作家、SF翻訳家。講談社X文庫『幽霊事件』シリーズなど、若者向けの人気ミステリーを送り出している。
公式 : Jun's Journal



小林弘利
作家。コバルト文庫・スニーカー文庫などに多数のファンタジー・SFを送り出している。

 対していまや日本一? 原稿を書かない小説家で有名な火浦功さんにも、「比較的たくさん書いていた」時期があり、『スターライト☆だんでぃ』シリーズは、なんと、たった二年半の間に三冊も書かれています。いかにも火浦さんらしい、楽しくてオシャレでカッコよくて、ものすごく読みやすい、ページの下のほうに白いところがたくさんある、一見すると「ただ思いつくままにダラダラ書いているように見える」が、実は壮絶な思考と試行錯誤と無駄の削り落としの末に(でしょ? なんだよね?)ようやく到達する、あたかも俳句や山水画のごとき、名作であります。後にスーパーファンタジー文庫に再録されてたりするのは、けっして、火浦さんが「ちっとも新作を書かないから」火浦ファンが放置プレイに耐え切れず、せめて同じのでもいいからもう一回読みたいと思ったから、ではなく、「ゼッパンにしておくなんてもったいなさすぎる名作だから」だと思います。だよね? わたしは火浦さんの小説の中では『死に急ぐ奴らの街』(徳間デュアル文庫で入手可能)がダンゼン一番好きですが、『高飛びレイク』をはじめて読んだときにはほとんど、恋しました。作品のあまりのすばらしさに、うっかり作者にもかすかに。本人にお目にかかって、そのルックスのあまりのカッコよさ(作品とちゃんとあってるし)にもグラッときました。しかし、火浦さんはあくまでヒョーヒョーとしてて、いっつも何考えてるかわかんなかったので、とてもゲンジツのひととは思えなかったりしました。その何考えてるかわからないあたりから(たぶん)出てくるだろう、悪役ビランデルさまもステキです。

 大原まり子さまは、小説家ではありません。文化人です。その偉大なる御作品の数々にはひとつのハズレもありません。デビュー作『ひとりで歩いていった猫』を読んだわたしはあまりの素晴らしさに悶絶し、そのひとが同い年(おーちゃんが3月生まれでわたしが4月なのでたった一ヶ月違いなのに学年はひとつ違うのだが)であることに気づくとほとんど自殺したいぐらい絶望しました。はじめて会ったときには、その美貌と、品格(聖心卒ですって!? まぁっその淡いグレイのいかにも質のよさそうなワンピースはひょっとしてほんもののPINK HOUSEではなくて?)、おっとりとしたものごし。……日本に階級社会がないなんてウソだ、ここに生まれながらのお姫さまがおられるではないかぁ! と思いましたほんとです。のち、いっしょに沖縄旅行(!)にいった時、食事かなんかの時間になって「さっ、いくよー」と申したところ(←すみません、尊敬しているわりにタメグチきいてます)「うん……わかった……」と、ゆっくりとおきあがられ、(それまでベッドになんとなくアオムケになっておられたのだったような気がします)ゆっくり、ゆっくりと、スニーカーのヒモを、お結びになられはじめられました。結び終わられるまでにカタツムリがあっちの枝からこっちの枝まで這っていくぐらいの時間がかかりました。フツーのやつがこんなことやってたら「さっさとしろー!」と怒鳴りたくなるところですが、おーちゃんの場合、あまりの優雅さと、邪気のなさのため、責めることなんてできやしません。御作品でしか存じ上げない森茉莉さまってこんなかただったのでは……あるいは森茉莉さまのお書きになられた「モイラ」ってこんな少女だったのでは……と思われるようなおーちゃんでした。もひとつ。みんなで熱海(!)にいったとき、朝の露天風呂で記念撮影をしたのですが、そこにいた四人(撮影しているわたし以外)のみなさんのタイドが実にそれぞれの性格そのものを現していて、おかしかったです。もしかして記憶ちがいがあったらごめんよ。小室みっ子ちゃんは、すっぴんでもものすごい美女なのに、髪をぬらさんようきっちりシャワーキャップをかぶり、まんがいちにもハダカが見えないように両手両足をカメノコのように縮めていました。藤臣柊子はあっちむきになって胸を隠してイタズラっぽい笑顔とピースをこっちに向けていましたがキュンとしまったお尻がそのままだとはっきりいってほとんどまるみえだったので、そっと角度をずらして、隠さないといけませんでした。正本ノンちゃんはごく自然体で、それでいて、ヤバイところはまったく見えません。ガードばっちりです。おーちゃんは……「お……おーちゃん!」撮影者はさけびました。「すわって。もうちょっとすわって。じゃないとDPE屋さんに出せない!」そんなおーちゃんも、岬さんと結婚してから、だいぶ変わったなぁ。なにより、ものすごくテキパキしたひとになって、その名も「SFバカ本」というシリーズを監修! なさったりしちゃうようになるとは。びっくりしたです。いちばん好きなのは『ハイブリッド・チャイルド』かなぁ。『エフェメラ』もすごいよなぁ。でも、ミーカもすげぇって。ほんとに。フィフス・エレメントが97年? それよりはるか12年前に、ほとんど「ミラ・ジョボヴィッチ」です。いや、むしろ、ユマ・サーマンか? リュック・ベッソン、日本語よめるんじゃないでしょうか。大原まり子をパク……いや、リスペクトしてるんじゃないでしょうか。
 そうそう、おーちゃんは、作家が自分で自分のサイト(当時はホームページといってましたが)を管理運営した最初じゃないかと思います。

 アクアプラネット  (大原まり子運営ページ)

 そのルーツは、あたしのシモキタの2DKで、FM7でやった「蜂打ち落としゲーム」に何時間も何時間もひたすら熱中したことにある、とあたしは思ってるんだけど、いかが?

 このすごい天才のかたがたを、三人も! コバルト虎の穴に招待してしまったのは、わたしです、とさっきいいました。
 いや、ひょっとすると、新井モトコちゃんのほうが仲良しだったし詳しかっただろうし、大和真也ちゃんとフォックスさんのシリーズはたしか既にあったし、風見潤さんや星敬さんがアンソロジーのシゴトをなさってたり、小林弘利さんもいらっしゃったから、もしかすると「わたしが」紹介した、「わたしが」ひきずりこんだ、なんていうのはオコガマシイのかもしれない。
 でも、「いっしょにやろうよ」っていって、「ウン……そうだねぇ」といってもらったことがある……ような気がするんだけど。
 そして、担当に、さっきかいたような、熱烈推薦を言って、コンタクト先も渡して、いいからとにかく早く連絡してよね! と念押しをしたような覚えがあるんですが……ババアの妄想でしょうか?
 そのわたしの挙動が、彼らのコバルトでの「短くも激しく燃えた」日々を作り出したのかどうかは、ともかくとして。

 正直に言うね。
 わたしは彼らがすっごくすっごく羨ましかったです。
 ハヤカワのSFのシリーズから「期待の新人!」って紹介してもらえて、本のつくりとかもウチ(コバルト)の「ページ数が多すぎる! このまんまじゃ定価が300円を越えてしまうから、削りなさい」みたいなのとはぜんぜんちがって、ちゃんときれいでリッパだった。担当さんとかとの話をきいてても、「いちにんまえ」の作家として扱ってもらってるんだなぁ、って感じがして、憧れました。
 彼らにはもう、はっきりとした「基盤」があるなぁ、って。
 だがしかし。
 ちょっと打ち解けたら、教えてもらえてしまったんですね。
 某SFマ○ジンの原稿料が、どんなにアンビリーバブルに安いか、を。あのー、不確かな記憶なので、誰か「きっぱり」覚えているかたがあったら正確なところをおっしゃっていただければと思いますが、たしか400字一枚、1000円ぐらいだったと思います。コバルトですら、ですら! たしか3000円はくれてたのに。翻訳とか、アンソロジーとか、エッセイとかいうと、ハヤカワさまの場合、もう100円単位で、「うっそお!」と驚いたのを、覚えております。
 そして……コバルトでは、新刊の打ち合わせ、とかいうと、担当さんが何か食べにつれてってくれ、「領収証」をきってオゴッてくれるのが「あたりまえ」で、そういうもんだと思ってたのですが、彼らには「あまりそういうことはない」というのも、聞いてしまったんですね。たまに編集さんといっしょにメシをくいにいっても、ワリカンだよ、みたいなのを。
 すみません早川社長。先代のお社長さま、歴代某○ガジン編集長さまも。こんなハジをばらして。

 ちなみに、そーいえばわたしの原稿料はデビュー以来四半世紀たったいまでもほとんど値上がりしてません。だいたい一枚4000円か5000円です。しかも前にもどっかでいいましたが日本的謎な「あ・うん」関係によって、ギャランティの話が事前に出るということはほとんどありません。出るとしたら、フツーより「高い」場合のみです。PR誌とか、小説が専門ではない雑誌だと「えええっ!」と思わず叫んでしまうぐらい高い金額を提示していただいて、しかも「これで宜しいでしょうか?」ってきいてくれたりするので、まるで別世界です。とうぜん、平身低頭して「不肖くみさおり、たとえ泥の中に倒れてもかならずやこの作戦を完遂いたします!」と敬礼のひとつもしたくなってしまう。
 でも、まー、つまり、「標準」や「労働基準」がない、というか、会社によって、編集部によって、その媒体のウレユキによって、あるいはスポンサーによって、ものすごーく違う、というのが現状なのでしょう。そしてもちろんヒトによって。書く側、作家側の「えらさ」「知名度」「人気」などによって。
 なんにもいわなくても一枚「ウン万円」以上のシゴトしかこないようにとかなったら、超一流なんだろうなぁ、きっと。

 でもって、さらにですね。
 名のある作家のかたがたというのは、たいがい、「ひと粒で最低三度は美味しい」ようになっている。まず「週刊誌」とか「新聞」とかに少しずつ掲載して、原稿料をもらう。全部書きあがったら、ハードカバーが出版されて、印税をもらう。それが一年後とかに文庫になって、もう一回印税をもらう。たとえば映画化するとか二時間ドラマ化するとかすれば、その「権利」分も入ります。もちろん増刷がかかれば、そのたびに印税が。こうなってはじめて、小説家としていきていくのが楽になる……はずなんだけど、「流行作家」とか「人気作家」とかのひとって、ほとんどの場合、ものすごく多作です。短期間にたくさんの作品を平行して書き続けでもしないと、前年度の「高額納税者リスト」にのっちゃうほどのバクダイな収入にかかる税金を払えない! というウワサもありますが、そもそも、速く書ける、いっぱい書ける、どんどん書けるひとでないと人気者になれない、寡作じゃ読者に支持されない、ってことがあるのかもしれない。
 その点、コンスタントなシゴトが文庫またはノベルスの書き下ろしのみ、というわたしのようなやつは、ひと粒で「一回」美味しいだけなのが普通ですから、正直いって、400字がおいくらのハナシであろうとも、「掲載」させてくれると、もうそれだけで「余剰利益」って気がします。
 その点、ま、よーするにひじょーに不利なわけですが、いわゆるオトナなひとの読む毎月出る小説誌、いわゆる「文芸誌」あるいは「中間小説誌」に、ついに居場所をみつけられなかった(過去形でいうな! まだあきらめるな > 自分)のは、よーするに、そーゆーとこでウケるもんが書けない「資質」のせいなので、しょうがないですねー。
 
 なんのハナシだっけ?

 あ、だから、とにかく、一箇所でも多く、活躍の場があるほうが彼らだってゼッタイ嬉しいはずだ、たとえ文庫書き下ろしでも、と思っちゃったわけです。担当さんゴハンつれてってオゴッてくれるし! って。
 例の、余計なお世話のオセッカイ癖ですね。
 そして、あくどいわたしは同時に謀(ハカリゴトと読んでください)をめぐらしてもいた。
 彼らの描くであろう上質なSF作品によって、コバルト読者を調教するべし! と。
 コバルトにいいところがあるとすれば(ってずいぶんないいかたですが)読者にとってシキイが低いこと、だ、と。
 SFなんてなんか難しそうだし、早川の文庫ってどこにでもあるわけじゃないし(岩波同様、買取なので。地方のちいさな書店などですと新刊もろくに揃ってないのはそーゆーわけです)。
 そういうものをこれまで、手にとってみようと思ったことがまだ一度もなかった。
 そういうひとたちにも、SFに、なじみを、親しみやすさを、打ち解けた気分を、もってもらえたら!
 日本のSF読者人口がもっと増え、SFマガジンの読者も増え、SF作品ももっともっとたくさん世の中に出るようになるぞお!
 そーゆーオモワクも少しぐらいはあったかもしれない。

 なにしろわたし、SFがあまりにもダイスキだったので。心酔し、尊敬してたので。
 あまりに好きすぎて容易に手が出せないのは、男女の仲でもよくあること。自分にはとてもかけない。でも、コバルト読者にも「SFが読める」コが現れるようになったら、いいなぁ! そしたら、わたしが「そのコたちの布教に成功した」ことになるんだぞー! 日本のSFの役にたつぞー!
 わたしはSFに片思いだけど、せめて「いいおともだち」でいたいわ。
 アホウのわたしは、かくも読みを誤ったのでした。
 ええ。断言します。誤りました。
 
 真のSFにはセンスオブワンダーというものがないとアカンということになっております。これはもう、疑ってはならん、そーだったらそーなのよそーなってるのよ、なもの、つまり定理ではなくて、公理です。
 ではそのセンスオブワンダーちゅーのはいったいなんなのかどないなもんなのかというと、これがムツカシイ。よう説明でけまへん。わかるひとにはわかる。わからんひとにはまるでわからんらしい。感じるひとにはビビビとくる。感度のないやつにはピクリともこない。見えるのはただの表面だけ。ガジェット(コモノ)や、設定だけ。


瀬名秀明
作家。『パラサイト・イヴ』で第2回日本ホラー小説大賞受賞。『BRAIN VALLEY』で第19回日本SF大賞受賞。薬学博士。
公式 : 瀬名秀明の博物館

 ちなみに「SFであるかどうか」を問題にするのはそもそもおかしいんじゃないのか、と かの瀬名秀明さんがある年のSF大会のパネルディスカッションでおっしゃっておられました。SFモンはともすると、「小説としてはまぁまぁ。でもこれはSFじゃないね」とおっしゃる。いわれたほうはなんだかよくわからないけど腹がたつ……と。
「でも」とも、思索のひとである瀬名さんは、かすかに苦笑なさりながらおっしゃるのでした。「ぼくも、『これはドラえもんじゃない!』って思うことは、確かにありますからね」

 そーゆーもんなんです。
 ようは、愛の問題なんじゃないかなぁ。
 真にSFらしいもの、や、真にドラえもんらしいものに対して、無意識の「賛美」や「愛情」を抱いてしまっている人間にとって、コレが感じられない、単にコレを利用しているだけのようにしか見えないものをみつけると、非常に憤慨を覚える。
 ほんとうはぜんぜん自分のオンナなんかじゃないアイドルでも、自分としては望ましくない役やらされたり、写真集出されたりとかしたら、「くっそお、オレのオンナになにしやがるう!」って気がしちゃうでしょ?
 だいたいそんなかんじ。

 そこらへんがさぁ。
 よくわかってなくて。
 すいません、若くて希望でいっぱいだったわたしには、世の中を疑うことができなくて、ひとはみな賢くて善人で信頼できるものだと思ってしまってて……まさか、ステキなものやことに「敬意」や「尊重」や「愛情」をいだかずにいられるひとがいるとは思いもよらなくて……次世代をになう若者の間に正しいSF信者・実践者を増やすはずだった計画は、挫折するどころか反作用を引き起こしてしまった……ような気がする。
 つまりです。
 SF「っぽい」ものをいとも安易に引用乱用粗製濫造消費するひとびと、ホンモノとイミテーションの区別がつかんひと、縮小再生産をなんとも思わんひと、偽ブランド商品で大もうけするひとすら! 生み出してしまう原因になってしまったんやないかと。
 こう思うと、ほんまに皺腹掻き切ってお詫びせんといかんのとちゃうかと泣きたくなりますが。
 まー。
 わたしがやんなくても誰かがやっちまったんやないかっちゅーか、時代の流れってやつがそーやったっちゅーこともあるんやろと思いますけど。
 なんでも自分が「原因」だとか「嚆矢」だとか思うのは妄想だろうけど。
 
 それでも、コバルトに「斬新なSFの風」を吹き込もうとしてしまったのは、(マンガ家による表紙イラストを熱望してジツゲンさせたのがそうだったように)すくなくともその端緒の原因のヒキガネの一端は、このあたしです。A級じゃないかもしれないけど、たぶん戦犯です。
 ついでにゆっとくと、「にぶんのさん」というタイトルを思いついて、これを数学のフツーの表記でタイトルにしたいですといってダメだといわれてしょうがなく「二分の三」になったこともあります。『繋がれた月』というタイトルを思いついたけど「つなぐという字にはルビが必要だ。ルビが必要なタイトルはだめ」といわれて、変更させられて『燃える月』というつまんないタイトルになってしまったこともあります。なんてコトバだったかもう忘れたけど英語のタイトルをそのまま英語で表記させろといって、それも当然、拒絶でした。
 おかみきが絶頂で、これはめるちゃんのおかげあらばこそだと確信し、幸いにも必要十分なぐらいには儲かっていたので、どーせ税務署にもってかれるぐらいなら「印税の10パーセントを、2−8とかにわけて、2をめるちゃんにあげるようにしてください」と頼み込んだんだけど「そんな前例がイッコでもできちゃったら、有名マンガ家使うたびにたいへんなことになるから、ぜったいダメ!」といわれ、それでもいちおー彼女の表紙カラー原稿の原稿料の値上げだけはしてもらったりとかしたこともあります。

 いちいち戦う女(笑)
 それがわたし。
 おとなしくしとけばいいのにつっかかるやつ。
 次々に珍奇なこと、前例にないことを思いついては、それを提案し、その利を解き、やってみさせてくれよー! と頼み、十中八九「だめ!」といわれて、しょうがなくあきらめて……やれやれと肩を落とし……もっと力をつければ、もっと売れるようになれば、もっと人気ものになれば、きっと編集さんもわたしのいうことを「ウンウン」ってなんでもきいてくれるようになるんだわ。だからその日のために、もっとがんばらなくっちゃ! と思ってたこともあったなぁ。
 鏡の中いまも震えている、あの日のわたしがいる。
 夢みる少女でしかいられない。

 ふと気づくと、いつの間にか、昨今の若いひとの作品タイトルとかは、かつてわたしがやりたくてやらせてくれーと頼んで門前払いで許されなかったことを「へーき」でやるようになってる。いいなぁ。羨ましいなぁ。
 でも、彼らには彼らの苦労があるんだよねたぶん。
 なにしろいまや「毎月のそのへん」の刊行数そのものがあまりにも多すぎて……敵が多すぎて……自分のポジション、みつけるの、きっと、たいへんだと思う。

 えー、そんなこんなで。
 その後出てきたコバルトの「え……えすえ……ふ? なのこれ?」を読んで、ガクゼンとし、自分の「はじめての」SF短編集は、なにがなんでも信頼のおける老舗・天下の早川書房から出してもらわなくちゃと拳骨を握り締めた、わりには、いまだに「これがあたしのSFよおおおっ!」というのをちーとも書いてない、中途半端なわたしなのでした。


原稿受取日 2004.4.21
公開日 2004.5.7

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