音羽VS一ツ橋問題の陰?に隠れて、いうべきことについて言及するのを忘れてたのに気づいたのでひとこと。
なので、そちら方面のことに関しては、どなたかもっと詳しいかたに書いていただければと思います。
さて、「囲い込み」エンクロージャー。またもテストに出るような単語が出てまいりました。
エンクロージャーとは、荘園領主や豪族が、地元の小作人を束ねて、一種の「ちっちゃな王様」だったようなことですね。 |
昨今ではさすがにそれはマズイということになったらしく「契約書」というものを二通作成して、著作権者と、出版社とがたがいにハンコついてイッコずつ持ってましょう、みたいになってますが、たいがいそれが送られてくるのは「本ができてから」あるいは「印刷があがって配本する直前」です。
最近は、アメリカ式に、「マネージャー」とか「エージェント」とかをお使いになっておられる流行作家のかたがたもおありのようですが、あくまで少数ですね。
この事態にかすかながら変革が生じたのは、ゲーム業界が出版に参入してきてからです。なにしろゲーム制作には膨大な人数がかかわり、何ヶ月とか、へたすると何年とかいう時間がかかる。ゲーム内容やプログラムに関しては守秘義務も生ずる。だから契約書によるシバリが必要になる。万が一のスパイ行為などがあったら、速攻、告訴に踏み切れるように。それにしても、ノベライズの分野ではいまだに「本ができてから」契約書、なのがちょっと不思議なんですけど(わたしの知る限り)。
ちなみに作家を、というか、おもにマンガ家を、「他の雑誌にかかないでね」と拘束するためには、「専属契約」というやつを結んだりもします。するようになりました。いつの頃からか。少なくとも○年間、あるいは、これこれの連載中には、ライバル他誌には、書きません、と、お約束をする。するかわりに、「ちょびっと」(具体的な金額はよーしりませんが)専属契約料金をもらう。専属契約だけしておいて、実際にシゴトはもらえない、などという悲劇もあったりなんかしたりすることもあったりしたようですが、詳しくは知らない。誰か詳しいひと、語ってください。
いまはどうだか知りませんが、コバルト黎明期、というか、まだ雑誌のほうは「小説ジュニア」で、文庫コバルトがたちあがったばかりの頃のわれわれにはそのような、われわれにとって美味しい保証であるところの「専属契約」とか「契約料」なんてものは、まっっっっっったく、ありませんでした。そんなコトバとか概念とか可能性があるなんてことにすらきづいてなかったですねわたしなんかは。実際の「忙しさ」が、ヨソでシゴトをすることをほとんど不可能にしていたのはこないだいったとおりです。なのに、他社の編集とかから電話かかってきて、「久美さんにあいたいんですけど」っていうと、ぶっきらぼーな態度をとって、ことわったりとか、したりして、ひそかにジャマしていたらしいです。
なんでそんなにしてまで作家を確保しなきゃならなかったのか?
使える作家が少なかったから、と前に申しました。 |
ちなみにある日ふと気づくとわたしの作家番号は「く−1」になってました。
ムカシ、とあるマンガ雑誌が創刊されるパーチーの時、占いの先生がおいでになっておられて、手相をみてもらったことがあるんですが、その先生、ひとめわたしの手相をごらんになるなり、
「やっぱり」とわたしは思いました。われながら、なんかキョーレツにカミサマに愛されてるのを感じるほどラッキーだったことが何度もあるし、ホロスコープの専門家にみてもらった時にも「強運の聖三角形」が出てるといわれたので。 |
ちなみに、いっときタマシイの師匠とあがめていた、とある本業ミュージシャン、裏家業某占い宗家の超能力者さま(マジ)には「陰徳を積め」ときっちりクギをさされたもの。「アンタの天命は異様に強すぎる。その恵みを自分のためにだけ使っていたら自分も周囲も滅ぼすぞ。つねに自分のことはあとまわしにして、困ってるひとのために尽くせ! そして、そのことをけっしてジマンするな。右手のやっている善行が左手にわからないぐらいにこっそりやるのだ(あんた宗派そっちだっけ?)」
またまたハナシが飛びました。
イントクを積むべしと、某超能力者(マジですってば)にお達しされる以前から、ワタクシメは、「プロのものかきになったからには、とにかく読者を大切にしなければならない」ということだけは、ものすごーくキモに銘じておりました。
いや、もっと古く。
で……小説ジュニアだったか、それが季刊コバルトになって、さらに隔月刊になったりする頃からでしょうか、「作家」には「読者からのおたより」が届くようになったわけです。 |
でも、これが、この作業こそが、わたしをいちおー「人気作家」の立場にしておいてくれるのだ、とわたしは認識理解していました。なにしろ、アンケートの結果もさることながら、段ボール箱で送ってよこさなきゃならないほど「読者からお手紙がくる」作家を、そりゃー、編集部は「人気ものだ」と思わずにいられないですからね。
あるとき、どっかの地方で、サイン会がありました。
さて。それから半月ほどのち。
イイワケはできます。 |
けど……わかんねーって!
「くそおおおおお」わたしはニギリコブシを固めました。
なにしろ運命線一文字人間ですから、挑戦をつきつけられると、戦ってみないうちは「負け」をみとめられないんですね。
(ちなみに中には返信用切手を同封してくださる読者とか、返信用封筒にきちんと自宅住所を書いてしかも名前のあとのほうに「行」と書いておいてくださる読者とか、「切手など同封いたしますと、先生がご負担にお感じになるのではないかと案じます。どうか、お忙しいならば、お気になさらず、他の用途におつかいになってくださいね」なんてカワイイこというやつだって、いた、たしかにいた! そういう読者が、最初のころには「すごく多く」やがて「だんだん少なくなっていく」のをわたしはたしかに目のあたりにした。それは、小ジュ読者……年齢のわりにおとなびた文学少女→コバルト文庫読者……年齢のわりに幼くてちょっとミーハー の変遷と、みごとに相関しているのであった)
だいいち、読者の「全員」が手紙かいてくれるわけじゃないですから。わざわざ手紙かいてくれるほど「愛して」くれたことに感謝しなかったらオレ、鬼じゃん! って、わたし、思ってましたから。
「わかった。このミスは二度と犯さない。犯してなるものか。もう一度同じ轍をふみそうになる時、それはわたしが返事をかくのを完全に放棄するときだ!」 |
そして、サインをもとめるひとの名前を聞いたとたん、ハッとしたようにクビをかしげ
ちなみに、最大時、わたしは、約2000名の読者少女のデータを、ほぼ把握・暗記していました。
大量の「補充資料」をセロテープでくっつけられまくってぱんぱんにふくれあがったノートの背表紙がやぶれはじめたとき、ふと、ドッと重たいものをオボエ、
でも、受験間近な読者には、どんな霊験があるか知りませんが勝手につくった「合格祈願」おまもりまでいちいちおくったりしたし、「久美沙織通信」通称「くみつー」というものも何号か発行しましたよ。 |
くみつー 久美沙織通信 保管庫にて見ることができます。 |
くみつーの実物が、いまも、とってあります。
でもって……
愛と憎しみはコインの裏表。
もひとつ。
数はそれ自体で暴力だということ。
「最近、くみさん、冷たいよね」
「こんにちはー。こないだお返事もらった小林有香でーす。すっごい嬉しくてともだちにジマンしたらみんなも、ジブンに返事ほしいんだって。だから、このコたちにもかいてやってね。それぞれに別々のメッセージおねがいしまーす。ちなみに、ナナエとタカはいつも回し読みしてる仲間だけど、レイコとマミにはこれから布教しまーす。[……以下、四名分の住所と名前]」
……彼女たちは、本当の意味で、読者なのだろうか……?
静かな、しかし、強い、消せないつらい痛い疑問が胸の底に黒い沈殿をつくりはじめた頃、わたしは人気の絶頂でした。6巻で終了する予定の「おかみき」は、売れるからもっとかくようにといわれ、一年の猶予を経て「高校篇」を書き足すことになりました。 |
唯川恵 小説家。等身大のエッセイや小説は共感度が高く、幅広い年齢層の女性から支持されている。『肩ごしの恋人』で第126回直木賞を受賞。 藤本ひとみ 小説家。西洋史への深い造詣と綿密な取材に裏打ちされた歴史小説、犯罪心理小説で脚光をあびている。 野原野枝美 桐野夏生氏のジュニア小説時代の名義。『急がないと夏が……』『ガベージハウス、ただいま5人』などがある。 |
そして、……時期はあるていど前後するかもしれませんけれども……その頃までに、唯川恵さんが、藤本ひとみさんが、そして、後に桐野夏生さんになる野原野枝美さんたちが、われわれの「軍」にくわわっており、講談社は「対抗」文庫を作り、コバルトは、絶頂中の絶頂状態を迎えていたのでした。 原稿受取日 2004.3.30
公開日 2004.5.1 |