創 世 記
第3回  「生ける伝説・氷室冴子」



 いよいよ暦の転換点にやってまいりました。
 偉大なおふたり。
 氷室さんと新井さん。
 まったくぜんぜん予備知識のないかたは、たとえば以下のようなサイトをご参照ください。
(ネットって便利だな)

氷室冴子さんの紹介  (迷宮の扉より)

新井素子プロフィール  (新井素子研究会より)

「なんでだろう? なんで小説には、おにいさんおねえさんの世代の作家がいないんだろう?」
 わたしの疑問がくっきりかたちをとるかとらないかの頃に、このふたりがデビューします。


(C)集英社 1977
『さようならアルルカン』
著 氷室冴子




(C)集英社 1978
『あたしの中の……』
著 新井素子
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 氷室さんが「さようならアルルカン」で小説「ジュニア」の第10回青春小説新人賞に佳作入選したのと、新井さんの「あたしの中の……」が第1回奇想天外新人賞に入選したのは、実にまったく同じ、1977年のできごとでした。(月日まではよー知りませんが)
 ちなみにこのトシ、あたしは高校三年生です。あくまでジコチューないいかたをさせていただくと、氷室さんは年齢で2コ、学年で3コ(一月生まれだから)上、素子ちゃんがいっこ下ってことになります。

 いきなり「同世代」です。おにいさん、おねえさんではなくて。

 実はわたしは奇想天外は読んでなかったので、イッコ下に「17歳の美人作家(あざといまでにソフトフォーカスにした写真を載せてたよね、ねぇ、素子?)」が誕生したということは、ちょっとあとになるまで知らなかった。
 アルルカンのほうは、もちろん、購読中の小説ジュニアで読み、衝撃を受けましたです。
 未読のかたにはぜひとも、ちゃんと全部読んでいただきたいですが、とりあえず、冒頭のほうのサワリをすこし。

 小学校六年生のテストの時間、うっかりケシゴムをおとしてしまった気の弱い少女、隣の席の男子に迷惑をかけまいとしてなんとか自分で拾おうとして挙動不審な行動をとったがために、カンニングを疑われる。ものがたりの書き手・語り手である「私」は、彼女をかばいたいと思いながら何もできない。声にならない。

 誰かいって、助けてあげて、違うっていってあげて、そのひとは何もしてないっていってあげて……。
 わたしは固く目をつぶって、両手を握りしめ、心の中で祈った。そのとき、
「先生、川瀬さんは消しゴムを拾おうとしていたんです。私のところから見えました。カンニングじゃあありません。隣の広田くんのイスの下に落ちています」
 大きな声が響いた。自信と、激しい怒りのこもった声だった。みんなはその声の主に注目した。私も見た。
 美しい少女だった。
「何も事情を聞かないで、頭から叱るなんていけないことだと思います」
(氷室冴子著『さようならアルルカン』より)

 すばらしいでしょう? 過不足がなく自然で現代的(当時もいまも)のこの文体。主人公(ちなみに柳沢真琴さまとおっしゃいます)の登場の鮮やかさ。語り手(いわばワトソン役)が、主人公(ホームズ役)にほれ込んでしまうこのエピソードのさりげなさ。リアルさ。

 ちなみに物語は、意外にも、吉屋信子的な「エス」な方向にはすすみません。有象無象の級友の中でつねに凛々しいトリックスターだったはずの真琴が、年齢をかさねるにつれ、道化師アルルカンになっていくさまに、語り手は激しく幻滅し、ある日、レポート用紙にエンピツでひとことだけ書いて下駄箱にいれるのです。「さようならアルルカン」と。そこで話が終わるわけじゃなくって、実は、みたいなのがまたある構成もすごいのですが。

ハーレクイン
ハーレクイン・エンタープライズ社の出すロマンス小説のことを指す。膨大な量が出されている。
参考:ハーレクインの勧めまきハウス

 それにしても、あーた。「アルルカン」ですぜ? 時は1977年なのですよ。ハーレクインロマンスの日本上陸が1981年なんですから(ハーレクインとアルルカンは同じ単語の英語読みとフランス読み、ねんのため)日本中でいったいどれだけのひとがこの単語の意味、ニュアンス、その他なんだかんだを知っていたでしょう?
 比較的せっせと本を読んできたつもりのわたしは、たしかいちおー知ってはいましたが、そんな単語を日常生活で使ってみたことなんて皆無ですよ。ハーレクインなんて、ハーレーダヴィッドソン1200CCに乗ってるバリバリの暴走族クィーンのことなのかと勘違いしていたぐらいで、しばらく「ハーレ・クイン」となかぐろ(・のこと)をいれちゃってたりしましたからね。
 それを、高校二年の女子(←登場人物たち)が使いこなす!
 下駄箱にいれて(←この落差がまたよい!)秘密文書?のようにやりとりしちゃう!
 書いた側は、読む側にその意味が通じることを確信しているのです。
 わからないはずの彼女ではない、と。

 か……かっこいいーーーー!
 美しい!
「おお、なんとおハイソ!」とわたしは感じました。いや当時はハイソなんてコトバもなかったですが。
 物品ではなく、知性と教養とセンスのハイソサエティ。クラクラしましたね。

 これこそが、わたしの読みたかった種類のおはなしだ。
 これこそが、小ジュ(小説ジュニアのこと)のこれから目指すべき方向だ!
 きっぱりそう思いましたです。






ディヴィッド・ハミルトン David Hamilton
写真家。その作品の対象はつねに少女。映画『ビリティス』は彼の初監督作品。

 氷室さんの文庫デビュー作の表紙の美しさをご覧ください。
 ほとんど、『ビリティス』じゃないですか。

 あったんです、ディヴィッド・ハミルトンという写真家の写真集とか、映画とかが。
 ちょーどそのころ大人気でした。
 美少女と美女をあくまで妖精のようにお撮りになるかたで、はっきりいえばロリコンですが、昨今のそれのようなモロなエロではなく、ひたすらひたすら美しい。ヌードも、ロマンチック。
 日本では、お若いころの風吹ジュンさまが、D・ハミルトン撮影の写真集をおだしでした。


 (C)集英社

 もちろんティーンは「性の目覚める頃」です。なんかこうモヤモヤとしはじめるころだし、好奇心もムクムクするころです。
 が、しかし、当時の女子は、そのものズバリのセックスにはまだまだ嫌悪や恐怖が強かった。
 小鳥のついばむようなキスはよし、好きなひとの腕に抱かれて眠るのはよし。
 しかし「最後の一線」は、おヨメにいくまで守りたい! ……ていうか、最初にエッチしたひとと、一生そのまま幸福に結ばれたい! そういう憧れというか、無理な(ですよね)目論見を抱いてしまっているひとが、まだまだそーとーに強かった。

 わたしはロマンチックなとこはロマンチックなんでが、実際的なとこはクールに実際的な人間なので、初潮をむかえてわずか一年未満の中学一年のころからもう(たまさか夏休みにプールにいかなきゃならなかったときになっちゃったのでいきなり必要にせまられて)生理の時には、タンパックスタンポンを愛用してました。めちゃくちゃ多い日って、ナプキンだけだと、モレるしさぁ。タンポンとナプキンを併用すると、長時間とりかえなくても血まみれの恥ずかしい思いをしなくてもすむ。こんな便利なもん、みなさんにもぜひオススメしたいと、同世代の友人たち何人もに実物を渡しては、何度も何度も拒絶されました。
 「はいらない!」っていうんですね。「どこにいれたらいいかわかんない」とか。「こわい」とか。
 さらには「そんなところじぶんでさわっちゃいけないような気がする」とか。
 若いうちだけじゃないんですよ。
 四十代になってから、とある友人といっしょに温泉に行ったら、生理になっちゃったという。
 「じゃあ、これつかえば」と渡したのですが、恐ろしげに後退され、ぶんぶん首を振られました。
 一生、なにがなんでも、使いたくないというのです。ちなみに彼女は、未婚です。処女かどうかは存じませんが。あくまで貞操? を守りたいんですかねぇ。

 なんだか話がおそろしく下世話なほうにまいりましたが、ようするに、われわれの世代の性意識はまだまだ「罪悪感」とか「恐怖感」とかに彩られていたのでございます。ハハオヤ世代より上だと、もっとコワい場合もある。
 なにしろ、生理中は神社の敷地内にはいっちゃーいけないっつーんですから……女の性は「ケガレ」ているもの、って、思われちゃったりなんかしていて。

 生理中だけどヤッちゃったらラブホのシーツがすごくてカレシにひかれちゃったよー、なんて、な告白?をストリート系ティーン雑誌の読者欄にバンバン投稿しちゃう昨今のティーンのみなさんからすると「マジ?」「ありえない」なんじゃないでしょうか。





団鬼六
SM小説の巨匠。代表作は「花と蛇」。将棋に造詣が深いことでも知られる。



『奇譚クラブ』
戦後のアブノーマル三大雑誌のひとつ。昭和27年創刊、昭和50年廃刊。



『家畜人ヤプー』
著 沼正三
都市出版社 (1970)
一大マゾヒズム小説。戦後最大の奇書と呼ばれる。




(C)ピエ・ブックス
『きんぎょ』
編集 高岡一弥
写真 久留幸子
ピエ・ブックス (2003)
岡本かの子『金魚繚乱』をはじめ、様々な種類の金魚をビジュアルで紹介する。さらには伊万里の皿の金魚、染付火鉢の金魚、子供のゆかたの金魚、ブリキ製玩具の金魚まで、金魚の魅力が詰まった一冊。
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 でもですね、わしらの頃でも、ゲイジュツの世界ってのは、当然のことながらエロスに満ちてたんですね。
 いや、団鬼六先生の諸作品とか、『奇譚クラブ』とか、『家畜人ヤプー』とかそういうスゴイ方面の話ではなくて、谷崎潤一郎先生とか、川端康成先生とか、三島由紀夫先生とか、作品によっては、じゅうぶんにそーとーに「エッチ」で「ヘンタイ」です。
 泉鏡花とか、文楽のほうとか、あっ、そうそう、岡本かの子さまの『金魚撩乱』なんかすげーですよー!
 で、
 エッチに興味はあるけど、モロないれたりだしたりはどうもなぁというタイプには、ブンガクというのは「いくらでも妄想できる」お宝の山なわけです。

 こんなこというと氷室さんは怒るかもしれませんが、「アルルカン」の少女同士の関係性は、けっしてレズではない。肉体関係なんか皆無です。しかし、非常に抑制のきいた、理知的で濃厚なエロスです。たいへん美しく、よんでいてキモチ悪くならない、こころがぽわぁっと幸福になるようなエロス。

「なるほど、ここに、ニーズがあるなぁ!」

 と、わたしは思いました。
 冷蔵庫と食器棚の間のスキマに、キャスターつきのスパイスラックをつっこむことができるのを発見した時のような喜びが、わたしの全身を震わせました。

 実際にその年齢に近いからこそかける、わたしたちの世代のキャラクターの、ヒリヒリするような日常。こーゆーのもっと読みたい! そう思いましたです。この時点では、自分で書こうとはまだ思ってません。

 「こういう世代の作家がもっと出てきてくれればいいのに!」そう思った。
 「わたしたちの感覚にぴったりくる小説を、もっともっと!」と。

 そう思ったのはわたしだけではなかった。
 当時の小ジュ読者には、まだまだ「文学少女」が多かったんですね。

庄司薫
『赤頭巾ちゃん気をつけて』で第61回芥川賞受賞。『さよなら怪傑黒頭巾』『白鳥の歌なんか聞こえない』『ぼくの大好きな青髭』など話題作を続出。また主人公は“庄司薫”である。
『赤頭巾ちゃん気をつけて』
著 庄司薫
→bk1 →ama →楽天
『さよなら怪傑黒頭巾』
著 庄司薫
→bk1 →ama →楽天
『白鳥の歌なんか聞こえない』
著 庄司薫
→bk1 →ama →楽天
『ぼくの大好きな青髭』
著 庄司薫
→bk1 →ama →楽天



小林信彦
作家、コラムニスト。『オヨヨ』シリーズや『唐獅子』シリーズなどで高い評価を得、多くの著作が芥川賞・直木賞候補となっている。



星新一
SFショートショート作家。『ボッコちゃん』など多数。




(C)講談社 1974
『アルキメデスは手を汚さない』
著 小峰元
→bk1 →ama →楽天




(C)講談社 1979
『ぼくらの時代』
著 栗本薫
→bk1 →ama →楽天



金井美恵子
『愛の生活』で第3回太宰治賞次席、『プラトン的恋愛』で第7回泉鏡花文学賞、など。




(C)講談社 (1979)
『桃尻娘』
著 橋本治




(C)早川書房 1999
『アルジャーノンに花束を』
著 ダニエル・キイス
→bk1 →ama →楽天

 クラスのほかのこたちが校庭でバレーボールかなんかしているあいだ、教室や、あたたかい日ならおおきなニレの木かなんかの陰で、文庫本を開いているような。
 ほかのこたちがソックスをはいて、緩くパーマをかけて、キティちゃんやキキララの髪飾りをつけているのに、黒いタイツ(ストッキングは不可)をはいて、いつも長い髪をきっちりとミツアミにし、かざりけのない黒いゴムでまとめているような。
 めったに口をきかないけれど、必要なときには、みんながドキッとするような鋭いことばを言って、しかもそのことを自分で別にたいしたことだと思っていないような。
 そんな少女たちが、ええ、実在したんです!
 彼女たちが読んでいたもの、それは、ハイネ詩集だったり、岩波やちくまや中公や社会思想社(冥福を祈ります)の文庫になったばかりの世界の名作文学だったり、庄司薫さまだったりしたわけです。

 ちなみにわたしは、小林信彦さんの『オヨヨ大統領』とか、星新一さまのショートショートとか、小峰元さんの『アルキメデスは手を汚さない』とか、栗本薫先生の『ぼくらの時代』とか、わりと「軽めの」「文学臭の薄いもの」が好きだったんですが、あーそうそう、唯一の例外として、新潮文庫の金井美恵子さまの初期作品のたぐいには平身低頭傾倒して、何度も何度も読みかえして影響うけまくりましたね。
 橋本治先生の『桃尻娘』を読んだのはデビュー後ですが、これまた、強烈な一撃をうけましたです。

 それと……エスエフ。
 あれはわたしが高校生だった頃だから、70年代だと思うんですが、ハヤカワが、やたらにしっかりと分厚いツクリのハードカバーのシリーズをどんどこおだしになりました。わたしの乏しいお小遣いでなどとても買えないお高い本だったのですが、幸いにも! 5つ年上のイトコが、ほぼ全巻そろえてもってたので、次々に借りてきては、居間のソファにねっころがって(アオムケだと重たくてまいりました)読みました。ハインラインとか。クラークとか。アシモフとか。『アルジャーノンに花束を』を読んでわぁわぁ号泣したりとか。

 よーするにわたしはいわゆる典型的な「文学少女」ではなかったのですが、(どっちかというと、サブカルチャー少女ですね)氷室さんの端正さには、ほんとうに感動しました。

 そして……ほんの三つ上のひとにこれだけのことができるなら、ひょっとすると……と、すこしずつ、すこしずつ、思い始めたわけです。  なにしろ少女マンガ家たちは早熟で、十代デビューあたりまえでしたから。
 わたしも、もしかしたら。
 そんな気がしてきたわけです。

 うーむ、新井さんのことまで言わないうちにヒルメシの時間になってしまったぞ。

 それと、こないだの分への補足。
 わたしたちの「おねえさん世代」で、わたしたちより先にデビューした人気作家がすくなくとも二名はおられたことは明記しておく必要があると思います。

 栗本薫・中島梓先生と、落合恵子さんです。
 でも……カオルくんは、女流っていうべきなのかどうかわかんないというか……そもそも日本文壇の中でもあれだけとんでもないひとは他にいないよ? ってひとなので、例外にしていいと思う。
 落合さんは、もともとは、「レモンちゃん」といってラジオのDJをなさっておいでで、いまは原宿表参道からちょっとはいったとこの「クレヨンハウス」という絵本やさんのオーナーさんだったりするので、やっぱり純粋に作家というのとはちょっと違うような気がする。

 というわけで、小ジュがコバルトに変革していく怒涛の時代を、フロントランナーとして疾走した……というより、むしろ、ブルドーザーのように開拓して、あとから進むものたちのためのコース設定をしてくださったのが氷室さんであり、
 日本マンガ界ぜんたいが手塚治虫先生ヌキでは語れないように、
 氷室さんがいなかったら、いろんなことが「こー」はなってなかっただろう、というのがわたしの感想です。

  つづく。

原稿受取日 2004.3.23
公開日 2004.4.19

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