9 : バブル期のジュニア文庫(1)

 ティーンズハートの成功に触発されて、多くのジュニア文庫が創刊されました。この中で、角川スニーカー文庫と富士見ファンタジア文庫については、少々お待ち下さい。現在も続いている、大きな流れですので。
 さて、花井愛子さんが大きな成功を収めた直後、1988年に、まずケイブンシャ(現在廃業)が、なぜか、ホラーを中心にした少女向けのシリーズ・コスモティーンズを創刊します。なぜホラーだったのかはよく分からないのですが、SF、ファンタジイを織り交ぜて、なかなか充実したラインナップでした。耽美派で知られる榊原志保美さんの「夜叉の鏡」を筆頭に、田中文雄さん、竹河聖さんは異次元SF、秋月達郎の名前で今も活躍されている橘薫さんの初期ホラー「鏡の中の私」は、サイコホラー風の佳作です。間都しゅんさんは、他でお名前を拝見しませんが、その作品「クライング」は、今でいうバイオホラーのはしりです。今や、ホラーからサイコサスペンス、ミステリと幅広く活躍されている新津きよみさんも、「留学生は吸血鬼」を書かれていますが、新津さんにうかがったお話では、このコスモティーンズ、そんなに評判にはならなかったものの、それでも2万5千〜3万の初版だったそうです。バブル期ならではですね。
 人気のなかった原因に、イラストが今ひとつだったことが挙げられます。ケイブンシャには、イラストを描く人への人脈がなかったのです。今も昔も、ジュニア文庫はまず、カバーで買われるものですから、これは痛い点でした。
 そのため、後期からは黄土色だった背表紙をピンクにして、少女小説も入れていく、というてこ入れがなされますが、結局、月2冊の刊行ペースのまま、32冊で終わってしまいました。
 その中で傑作を選ぶと、まず、金子晴美さんの「不思議(ハートマーク)パラダイス」。大学生の下宿に、ゴータマ君と名乗る居候が転がり込むのですが、このゴータマ君、焼き肉屋へ行くと、牛がかわいそうだと生き返らせてしまうため、のちの「ペット・セメタリー」のような騒ぎになり、最後には天上界を巻き込むスプラッタ・コメディになります。異色中の異色作で、イラストが猫十字社さんということもあって、えもいわれぬ不思議な世界を作っています。金子さんは、現在は別のペンネームで、ホラー短篇などを手がけていらっしゃいます。
 吉村綾さんの「ソーロング・キッド」は、現代の女子中学生が、アメリカ旅行中に、ビリー・ザ・キッドに出会い、恋に落ちるファンタジイです。ストーリーだけでは分からないのですが、リリカルな、雰囲気のある文章と、独特の人物像作りに成功していて、少女の夏が鮮やかに胸に刻まれます。この方は、この一作のようです。
 そして、朝松健さんの「こわがらないで……」は、ポルターガイストに取り憑かれた少年の狂気を描く、はっきりと、怖い、と言える作品です。朝松さんは、当時からホラー作家として、活躍していらっしゃいました。
 挙げていくときりがないのですが、曖昧な記憶では、この頃すでに、漫画でのホラーブームがあったように思うので、それを受けてのホラーシリーズだったのではないかと思いますが、小説におけるホラーは、早すぎたようです。
 1988年には、光風社出版という、主に時代小説などで知られる出版社が、アルゴ文庫というシリーズを出していて、古本マニアがけっこう集めています。といっても、横田順禰「とっぴトッピング」、中原涼「ぬはは殺人者」、吉岡平「新・昭和遊撃隊」、松尾由美「異次元カフェテラス」の4冊しかないはずですが。
 吉岡平さんの「新・昭和遊撃隊」は、昭和12年に満州で日本軍が遊星人類と遭遇してしまったことから起きる、架空のSF戦記ですが、実在の人物をうまく使い、力作となっています。「異次元カフェテラス」は、うーん……多少物足りなさを感じるSFですが、松尾由美さんは、これをきっかけにSF作家として大成していきます。
 1989年に徳間書店の文庫編集部が作った、徳間文庫パステルシリーズは、ターゲットが絞りきれなかった感があります。角川文庫が「SFジュブナイルシリーズ」として、ジュニアSFを収録していたのに対し、徳間文庫も「コスモス版」として、高千穂遥さん、川又千秋さん、小隅黎(=柴野拓美)さんらのSFを入れていたのですが、あまり話題にはならなかったようで、今度こそ、という意気込みがあったのでしょうか、装幀もジュニアらしく派手で、花井愛子さんを招き、シリーズを始めたのですが、あまり評判が上がらなかったようです。
 ずっと後の話になりますが、徳間アニメージュ文庫の小説部門が終わった後で、ノヴェライズで徳間AM文庫というのがごく短期間でき、そこで私は「強殖装甲ガイバー」を2巻まで書いたのですが、そのときの感触から言いますと、徳間文庫は、かなり高い年齢層の読者(おじさん以上、もっと上)をターゲットにしていて、営業もそれに沿っているので、文庫編集部でジュニアをやるのには、無理があったようです。実際、「ガイバー」も徳間文庫の清水一行さんや勝目梓さんと同じ棚に並べられて、参りました。
 閑話休題。あまりにも評判にならず、50と数冊で終わったパステルシリーズですが、実は私、まだよく読んでいないのです。ごめんなさい。ただ、いま原稿を書きながら、拾い読みした五島奈奈さん(のちの乱歩賞作家・渡辺容子さんです)の「ティアラの運命」は、なかなか面白いものでした。不思議な要素と恋愛の部分が、テンポよく織り交ぜられていて。
 ちなみに、たとえば五島奈奈さんが渡辺容子さん、といった情報は、雑誌などでご本人がプロフィールとして公開している場合に限り、掲載しています。残念なことですが、ジュニア文庫を書いていた、というのは、多くの場合、一般小説で再デビューする際に、大きなハンディになることが多く、前歴を隠さなければならない人も多いのです。
 ジュニアと一般小説の間の、この深くて暗い河については、一度、久美沙織さん辺りとゆっくりお話ししてみたいものですが、それはさておき、パステルシリーズには、他にも、注目すべき作品が、まだよく読んでいない段階でも、あります。例えば、SF作家・岬兄悟さんの作品が4冊(「ドリーム・オン」「現象スイッチ」「夢幻漂流者」「アストラルどんでん学園」)あります。また、「SFアドベンチャー」で好評を博した藤井青銅さんの、アニメ業界をネタにしたコメディ「愛と青春のサンバイマン」に続編を書き足したもの。藤井青銅さんは、「オシャレ30-30」などの構成作家としても知られています。若手では、その後も少女戦闘もので活躍する早坂律子さんの「マリア・ウォーズ」なども、活きがよく、気持ちのいい作品です。
 もっと読んでいくと、もっと佳作が発見できるのではないかと思いますが、この原稿、手がかかりすぎて、本業に差し支えているので、早回しで行きます。とにかくパステルシリーズは、主に販売戦略でうまくいかなかったことと、少年向けなのか、少女向けなのか、誰が読むのかはっきりしなかったことが、盛り上がらなかった要因と考えられます。
 時間が前後しますが、ソノラマ文庫やスニーカー文庫も、少年・少女、両方を見据えて最初は発進しているのですが、背表紙の色分けをするなどして、様子を見ながら、方向をしだいに定めていきます。パステルシリーズは、そこまで保ちませんでした。
 1989年は、ジュニア文庫のまさにバブルの年です。バンダイからも、キャラクターノベルズという文庫シリーズが出ましたが、小説は2冊、ゲームブック、映画「ガンヘッド」のメイキングなどを確認したのみです。
 エニックス文庫もこの年に創刊されました。現在のEXノベルズとは、全く関係ありません。編集者も一新され、別物と考えていいでしょう。
 このエニックス文庫では、私はひどい目に遭わされています。知り合いの紹介で、「都立特捜隊T3」というオリジナル小説を書いたのですが、当時、低くても2万は出ていたジュニア文庫の中で、初版が1万5千、しかも、出した後で提示されたのですが、印税は初版部数の半分で、残りは実売に応じて、というのです。実際に、実売に応じて払われたのは一回きり、あとは、なしのつぶてでした。
 編集方針も、私には相性の悪いものでしたが、もう時効なので言ってしまうと、とにかくこの「支払わない方針」には、参加した作家は多く泣かされていて、あかほりさとるさんは、「天空戦記シュラト」が重版しているのに「まだ在庫がある」と印税を支払われず、その怨念が、のちにスニーカー文庫を中心に、爆発的にヒットするあかほりさんの原動力かもしれません、と言ったらあかほりさんが怒るでしょうか。
 その他に、オリジナルSF「迷走皇帝」でデビューした梅原克哉(のちの克文)さんも泣かされた口です。他に、リリカルな奇談を書くということで、ずっと後になって仲良くなった和智正喜さんの「センチメンタル・ハイ」は、ジュニア文庫のベストテンに入れたい、爽やかな奇談小説です。和智さんは「ポポロクロイス物語」のシナリオを書いたことでも有名で、その後もゲームと小説の世界で活躍しています。最近では、講談社から判型の大きい「仮面ライダー」が出ましたが、甘いところのない、いま初代仮面ライダーを書くのなら、こういう書き方になるだろう、と納得させられる傑作でした。
 他に大場惑さんや石飛卓美さんなどのオリジナル小説が出たのですが、当時の常識で言うと、初版1万5千は、完売しても採算が合わない(これは、あるヒット編集者に言われたことです)数で、ろくに宣伝もせず、ただばらまいたため、オリジナル小説については惨敗しました。ただ、エニックス文庫には、ドラゴンクエストのノヴェライズ(アニメ脚本家の高屋敷英夫さんなどによる)やゲームブックがあったので、そちらはけっこう成功したようです。

原稿受取日 2004.5.22
公開日 2004.6.17
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第10回
バブル期のジュニア文庫(2)
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榊原志保美
耽美小説で知られる。小説のほか『やおい幻論』を著す。
田中文雄
「邪神たちの2・26」など。近著の話題作に「3分間ミステリー」(ベストセラーズ)がある。
竹河聖
女流ホラー作家。別名ホラー・クイーン。「風の大陸」などの人気作を持つ。
秋月達郎
架空戦記小説を多く著す。「帝国の決断」「散りぬる桜」など。
公式:浪漫堂
間都しゅん
「クライング<CRYING>」イラストは鳳なつみ。1988年。
新津きよみ
「ソフトボイルドの天使たち」(横溝正史賞候補)、「時効を待つ女」(日本推理作家協会賞候補)など。夫は折原一氏。
金子晴美
アーティストの金子晴美さんとは別人。



猫十字社
漫画家。「幻獣の國物語」「小さなお茶会」など。
公式:猫つぐら島






朝松健
編集者を経て86年「魔教の幻影」で作家デビュー。ホラー小説・伝奇時代劇を中心に著す。
公式:UNCLE DAGON TEMPLE






横田順禰
SF作家。代表作に「謎の宇宙人UFO」「SF大辞典」など。
中原涼
第7回の註を参照。
吉岡平
第5回の註を参照。
松尾由美
「バルーン・タウンの殺人」「ジェンダー城の虜」「銀杏坂」など。




高千穂遙
SF作家。80年「ダーティペアの大冒険」、86年「ダーティペアの大逆転」で星雲賞受賞。
公式:Takachiho-Notes
川又千秋
作家。『火星人先史』で星雲賞、『幻詩狩り』で日本SF大賞を受賞。
小隅黎(柴野拓美)
日本SF界草分けのひとりであるSF作家、翻訳家、研究家。 59年SF同人誌「宇宙塵」を創刊。62年日本SF大会発足。
「強殖装甲ガイバー」
原作は高屋良樹。1989年刊行。詳しくは早見氏HPこちらに詳しい解説があります。
清水一行
企業小説の第一人者。74年「動脈列島」で日本推理作家協会賞受賞。
勝目梓
「マイ・カアニヴァル」で第58回芥川賞候補。「花を掲げて」で第61回直木賞候補。
渡辺容子(五島奈奈)
96年「左手に告げるなかれ」で江戸川乱歩賞受賞。92年「売る女、脱ぐ女」で小説現代新人賞。








岬兄悟
SF作家。「頭上の脅威」でデビュー。編纂集なども多数。奥様は大原まり子氏。
公式:ALBATROSS
藤井青銅
放送作家、小説家。ラジオドラマは数百本にのぼる。「架空アイドル・芳賀ゆい」やいっこく堂をプロデュース。
公式:青銅庵
早坂律子
小説家、脚本家。「KIRARA」など数多くのアニメ脚本担当。

















「都立特捜隊T3」
早見裕司著。エニックス文庫1990年。






あかほりさとる
脚本家、小説家。「セイバーマリオネット」「ラムネ&40」「サクラ大戦」など有名作品を生み出す。
公式:i-POLILIN

梅原克文
SF作家。『ソリトンの悪魔』で日本推理作家協会賞受賞。ほか「二重螺旋の悪魔」など。
和智正喜
近著に「ザ・ソウルテイカー」「七夜物語」(MF文庫J)など。ゲームシナリオも手がける。
公式:高円寺通信




大場惑
SF作家。「イース」のノベライズや名作「ほしのこえ」を著す。
石飛卓美
85年SFファンジン大賞受賞。少女小説からアダルトまで幅広く活躍。「人狐伝」など。
高屋敷英夫
脚本家。数多くのアニメシナリオを手がける。「小説ドラゴンクエスト」1〜3までノベライズ担当。